chocoの日記

女性の名言の紹介、インドネシアでの駐在妻生活で経験したこと、その他雑記を書いています。

世界を動かすのは、英雄の強く大きなひと押しだけではありません

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世界を動かすのは、英雄の強く大きなひと押しだけではありません。誠実に仕事をするひとりひとりの小さなひと押しが集まることでも、世界は動くのです。

ヘレン・ケラー

 

ヘレン・ケラーは三重苦(見えない、話せない、聞こえない)と言われながらも、障害者のための福祉や教育の向上に力を尽くしました。

ヘレン・ケラーと家庭教師であるアン・サリヴァンの姿を描いた舞台「奇跡の人」は、日本でこれまで何度も公演され、映画化もされています。

ヘレンは1歳9ヶ月の頃に、視覚と聴覚を失いました。そんな中、ヘレンが7歳のとき、アン・サリヴァンが家庭教師として家にやってきます。この頃のヘレンは癇癪を起して暴れるようなこともありましたが、アンの厳しくも献身的な教育を受け変わっていきました。

8歳のときには「盲ろうでありながら、言葉を理解し、本を読み、文章を書く奇跡の少女」として全米中で知られていたそうです。

そして20歳でラドクリフ大学(現在はハーバード大学と併合)に入学し、優秀な成績で卒業します。ヘレンは、卒業後には障害を持つ人の福祉と教育の向上のために働くことを決めていました。

それからはアメリカ盲人援護協会の一員として、アン・サリヴァンとともに活動します。アメリカ全土を講演して周り、盲人に対する偏見を無くすことや、盲人施設の改善について政府に働きかけます。ヘレンの働きによって障害者に対する関心が集まることで、国から援助金が出ることになり、障害者の生活を助けました。

岩橋武夫(盲であり日本の点字を考案した人物)にお願いされたことがきっかけで、日本にも3度訪れています。来日した際には、全国の盲ろう校などを訪れ、子供たちや関係者たちを精神的に支えました。

 

ヘレンが生きていた20世紀初めは、障害を持った人に対して憐みを施すことが重要とされていました。しかし彼女は「盲人に必要なのは慈善ではなく機会だ」と言って、社会の中で自立する可能性があると強調しました。「私たちは甘やかされたいとは思っていないのだ」という言葉も残しています。

ヘレンは障害を乗り越え、講演をし、本を書いて、自らの生き方でそれを示しました。彼女の存在は、障害を持つ人だけでなく、様々な人に勇気と感動を与えたのではないでしょうか。

 

この名言からは、講演などで前向きに人々を励ましていたヘレン・ケラーの様子が感じられます。障害者のための活動だけでなく、反戦を訴えたり人権運動をしていたことからも、人々を巻き込んで、世界を変えたいと思っていたのだろうと思いました。

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インドネシア国内で撮った写真です。(ジャワ島内)

 

読んでいただきありがとうございます(*^_^*)